[七海] 潜航日誌(DAY4) – ミドルフェイズ「交流シーン(1/2)」

「世界間の移動くらいなら俺なんとか出来っけど」

「マジで」

 遺跡の探索を終えた彼らが地上に戻ったころには、既に日は傾いて、あざやかな茜色を海面に落としていた。彼らは少しばかり冷たくなった風に吹かれながら、気怠さが残るゆっくりとした足取りで《海底探索協会》への道を進む。そんな中、アルストリアは慧からの問いかけに対して、こともなげにそう答えた。一拍の間を置いて、並んで歩く慧の裏返った声。

 ……慧がやってきた元の世界は、《テリメイン》からしてみれば数ある異世界のひとつに過ぎない。しかし――少なくとも慧の認識において――探索者の多くが故郷とする数々の世界とは、魔術やら奇跡であるやらの神秘からはかけ離れた世界であるという点で決定的に異なっていた。

 すなわち、慧には、元の世界へと帰る手段の心当たりというものがない。

 普通に考えればもっと途方に暮れてもよさそうなものではあったが、ある意味で幸いなことに、慧自身はこの件に関して「まあそのうちフラグかなにかが集まればなんとなくなんとかなるだろう」という極めて楽観的な姿勢で臨んでいた。しかしふと、アルストリアと遭遇したときの経緯を思い出した慧は、ある可能性へと思い至る。
 アルストリアは、《セルリアン》の海の真ん中でぷかぷかと浮かんでいるところを発見された。なんでも、故郷の世界から転移魔法を使ったはいいものの、偶然にも転移先が海上であったおかげでそのようなことになってしまったと言うが……。

(あれ、それつまり、アルスってそういう異世界に転移? とかそういうのわりかしヨユーで出来んじゃねえの?)

 それは慧にとって都合のよすぎる話のように思えた。しかし、だからといって聞いてみない理由もなかった。

 探索帰りの道すがら、アルストリアに問いかけてみた結果はずいぶんとあっさりとしたものであった。さすがに虚を突かれ間の抜けた顔で目を瞬かせる慧を横目に、アルストリアはなんということもないかのように頷いてみせる。

「ルートの解析さえ出来ればな」

「ルート?」

「道が分からないと帰りようがないだろ」

「なるほど確かに」

「その辺が分かるモンがありゃ手伝ってもいいけど」

「その辺ねえ」

 もちろん、彼がそんなものの心当たりを持つはずもない。しかし慧は相変わらずの楽天的思考で、自分が知らないだけで何かがあるのではないだろうかなどと思いながら、肩にかけていたカバンを手に持ちごそごそとその中身をあさり始めた。カバンの中身はおおむね、通学の際に持ち歩いている諸々――筆記用具、学生手帳、ノート、ダイス――ばかりで、めぼしいものは見つかりそうにない。さすがに無理だろうか、と慧が思い始めたあたりで《Seven Seas TRPG 基本ルールブック》に指が掛かる。少しばかり考えたのち、《ルールブック》の背に手を伸ばして引っ張り出した。

「オレ全ッ然そういうの分かんないけど、強いて言うならこれがいちばん怪しい」

「分かんねえのかよ。まあいいや一晩借りるぜ?」

 差し出された大判の書籍を受け取ったアルストリアは、適当にぱらぱらとページをめくる。一晩なら、と慧も頷きを返した。
 その後、《海底探索協会》での用事を終え、拠点に戻り――

 ***

 ――翌日。その日の探索を終え帰還する最中、そういえばとアルストリアは借り受けていた《ルールブック》を慧に手渡した。

「そっちの世界へのルート、なんとなくわかった。たぶんな」

「マジで?」

 何の話かと興味津々げなイルプトオーメルをどうにかごまかして、その日の夜、彼らは再び海岸へと足を向ける。その日は風も穏やかで、雲ひとつない空には煌々と月が輝いており、大掛かりな魔術を執り行うにはいかにも、といったような風情であった。

 アルストリアの視線に、慧は神妙な面持ちでこくりと頷く。アルストリアもこくりと首を縦に振り、それから大海原に向けて、右手にしたマグナトリアと名を与えられた杖の先端を向けた。
 杖の先の青い石が、こう、と燐光を放つ。風もなく静かだった海面が、なにが触れるでもなしにさざ波だつ。一節、二節、詠唱の言葉が魔法使いの口から紡がれるに従って、海はその波紋を広げ、突如としてごぽりと海面が盛り上がり、海から空へと一筋、二筋と伸びていく。意志を持ってでもいるかのようにくるくると中空で螺旋を描く水は、くるくると螺旋を描く水は次第にその色を赤く暗くその色を変えていき、そしてまた海に沈み込んで紋様を描く――……

「――ほい。出来たぜ、アレで帰れると思うぞ」

 ……数分ののち、アルストリアは、ふう、と息を吐き出してから、慧に視線を向けくいと親指で海面を指差す。指し示したそこには、海の上に暗く赤紫色のインクを落としたかのように描かれた、精緻な魔法陣。
 すなわち、異界への転移門。
 門に閉じ込められているのは、世界と世界を繋ぐだけの強大な魔力の奔流。魔法の素養など持つべくもない慧にも分かるほどに、門からこぼれ出し始めている力がその肌をびりびりと叩く。

「ほああああ」

 慧はただただ圧倒された様子で、どうにか間の抜けた声だけを絞り出した。