[七海] 潜航日誌(DAY3) – ミドルフェイズ「合流シーン」

 よく晴れた昼下がり、穏やかな海がどこまでも続いていく、テリメインのとある海域。

 全身が海水でぐっしょりと濡れている銀髪の少年は、少し前まで溺れていたからであろう、ずいぶんとぐったりとした様子である。しかし呼吸はしっかりしており、別段命に別状があるようには見えなかった。
 そんな彼の両肩の下に肘を通して吊り上げているのは、銀髪の少年と歳が近そうな茶髪の少年。彼は必死の形相で、呻きとも叫びともつかない声を上げている。その腰にはロープが括り付けられており、彼は不自然にくの字の形で宙に浮かんでいた。
 そのロープのもう片方は、空を飛ぶピンク色のシャチ(イルカかもしれない)の胴体につながれている。そのシャチは「積載重量には限りがあるルカ~」と力ない声で言いながら、よろよろとその高度を上げたり下げたりしている。そのたびに銀髪の少年の足が海面に触ればしゃばしゃと飛沫を上げ、それに引きずられないよう茶髪の少年が歯を食いしばっている様子であった。
 そしてシャチの背中には、その足元から下の出来事などまるで意に介してもいない様子で、子供ほどの背丈の人物が仁王立ちになっている。肩で風を切り、堂々たる威風で、まっすぐに海の向こう遠くへと見える陸地を見据えていた。

 出来の悪いブレーメンの音楽隊めいた飛行物体はテリメインの海域を進んでいく。彼らが目指すのは、《海底探索協会》――。


「ちょ、待、イルカストップ!!」

「シャチルカ!! あとボクはシャルカルカ!!」

「しゃるかるか!? いやもうなんでもでもいいわ! 止まって!!」

 慧が、自称”偉大な錬金術師”イルプトオーメルに偶然遭遇したのが、数十分ほど前の出来事。どうやらイルプトオーメルも慧と同じく《海底探索協会》を目指していたらしい。慧が所持する《Seven Seas 基本ルールブック》に記載されている《海底探索協会》への地図を見せる代わりに、《海底探索協会》までの道中を同行する運びとなった。
 これはこれはひとり異世界に放り出され、右も左も分からない状態の彼にとって、まさに渡りに船とも呼ぶべき話であった。

 イルプトオーメルの使い魔こと、空飛ぶシャチ・シャルカの胴体に括り付けたロープに吊される、という斬新きわまりない輸送方法さえ除けば、の話ではあったが。

 慧を括り付け、それが最短ルートであるからという理由でシャルカは海上を軽快な速度で飛翔する。
 海面にほど近い高さを頼りないロープ1本で吊されて、それなりの高速で移動する――慧は、確かにいわゆる『絶叫マシーン』は嫌いではなかったが、それはあくまで安全の保証がある程度為されているからという前提の上に過ぎない。ロープからずり落ちれば、あるいはロープが切れてしまえば、この海のド真ん中にダイブする羽目になるというなかなかにスリリングな状況に、せめて気を紛らわすべく、ロープを使ったよりよい人間の輸送方法についてぼんやりと考えていたところに、”なにか”を視界の端に捉えた慧は叫び声を上げた。その”なにか”は、ぷかぷかと海面を漂っている……。
 シャルカの背の上にまたがって、慧から借り受けた《Seven Seas TRPG 基本ルールブック》のページをめくっていたイルプトオーメルは、書籍から目を離さぬまま、どうでもよさそうな声色を隠そうともせずに慧に告げる。

「なんじゃ、トイレか。そのまま海に垂れ流せばよかろう?」

「違ェし嫌だし!? 人! 人だよアレ!! 海に浮いてる!!」

「ほ、ホントだルカー!!」

 波間に揺れる”なにか”は、紛れもなく人間であった。今にも沈んでしまうのではないかと思わせるほどに、力なくゆらゆらと波に身を任せて浮かんでいる。
 イルプトオーメルもさすがに書籍から目を離し、そしてその姿を確認すると、ふむと頷いた。シャルカに方向転換を命じて、その人物が浮かぶ場所へと急行させる。急な方向転換でロープがぶんと振り回され、その先に括り付けられている慧がぐえと呻く声が聞こえた。しかしそれを今更意に介するイルプトオーメルでもなく、彼は眉をひそめる。

「しかし困ったのう」

「なにが」

 げほげほと咳き込みながら慧がイルプトオーメルの呟きに疑問を返した。イルプトオーメルは腕を組んで首を傾げる。

「シャルカは泳ぎが苦手じゃし、わしは濡れとうない。すなわち、わしらにはあの人間を回収するすべがないのではなかろうか、とな?」

「イルカなのに!?」

「シャチルカ!!」

 慧は悲鳴を上げる。シャルカの主張はこの際無視した。
 使い魔に海面まで降りてもらって、あの人物をシャルカの背中の上に引っ張りあげてから、急いで一番ちかくの陸に向かえばいい――、漠然とそんなことを考えていた慧は、じゃあどうすればいいのか、と次第にその姿を大きくしていく海の上の人物を見ながら焦った様子でああでもないこうでもない、とぶつぶつと呟き続ける。
 そしてイルプトオーメルは、さほど困ってなさそうな口調で、困ったのう、と繰り返し……ほどなくして何かを思いついたようで、ぽん、と手を叩いた。

「そうじゃ」

「おおッご主人様、なにか妙案があるルカ~!?」

「あの辺りまで近付いたら、ケイ、お主を海面ギリギリまでシャルカに高度を下げさせよう。そうしたらあの人間を回収するがよいのじゃ」

「り、了解! でどうやってイルカの上まで運べばいいんだ?」

「シャチ!! ルカ!!」

 イルプトオーメルは、慧の問いにきょとんとした顔をしてみせた。

「え、いや陸までお主が抱えておくのじゃよ」

「え」

「がんばるのじゃ」

 シャルカの背の上でイルプトオーメルは小さくガッツポーズをしてみせたが、慧からは特に見えるはずもなかった。慧がなにを言われたのか咀嚼しきれずに呆けている間にも目標地はぐんぐんと近付いていき、そしてついに海の上の漂流人物――ケイと同じくらいの少年であった――のもとへと辿り着く。シャルカが徐々に減速して、見事に彼の真上でぴたりと制止すると、足下が濡れる可能性を嫌ったイルプトオーメルはすっと立ち上がり、おーらいおーらい、と緊張感のない声でシャルカに降下を指示した。
 慧がはっと我に返る。

「ちょッ、おッ、待ッ、えっええッ」

 ゆっくりと、しかし確実に慧の目の前に迫る海面と銀髪の少年。彼は慌てた様子で、なにか助けを求められるものはないか探るかのように首を左右に巡らせる。
 四方八方に広がるのは、青い大海原。遠くでばしゃりと魚が跳ねた。

「ええええー、おまッ、……あああもうこんにゃろうがー!!」

 ……選択の余地などありはしなかった。

 叫んだ慧は、ばしゃりと海中に腕を突っ込んで、少年の肩の下に通すとそのまま彼を引き上げた。掴まえたぞ、という慧の叫びに、イルプトオーメルはすかさず使い魔に上昇を指示する。了解ルカーとシャルカが高度を上げはじめるも、その高さは今までよりも低く、ともすれば少年や慧の足元が海面に触れてしまうのではないか、というところで止まってしまった。
 のろのろと陸に向かって前進を始めたシャルカに向け、イルプトオーメルは不満げに目を細める。

「む? シャルカよ、速度が下がっておるのではないか?」

「積載重量には限りがあるルカ~」

「いや高度! 高度!! 速度以前にもっと重要度の高いヤツが下がってんぞ!?」

 ロープの先で悲鳴が聞こえた。それを聞いてか聞かずか、イルプトオーメルは、由々しい事態であると言わんばかりに大仰に溜息を吐く。

「シャルカよ、ちゃんと鍛えておかねばデートしたところでフラれてしまうぞ」

「がーんルカ!!」

「聞いて!! 高度!!」

 ゆらりとその高度が下がるたびに、抱えている少年の足元が海面に掴まり、がくんと後ろに引っ張られる。慧は呻きとも叫びともつかない声を上げながら、どうにか引き摺られないよう耐えしのぐ。

 ……過積載で、その速度も緩やかになっていたのは、果たして幸いであったのか、不幸であったのか。
 いずれにせよ陸地まではまだ、しばらく掛かりそうであった。


※PMおふたり (PNo.1391 アルストリア=エーテルフォージ、PNo.1453 イルプトオーメル) をお借りいたしました。アルスくん喋ってないけど!
※イルプトオーメルさんのDAY3潜航日誌からの続き想定ですが、単独でも特に問題ないのではないかと思います。たぶん